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間の何処かに

上に政策あれば下に対策あり、というのは中国やその文化圏で広く使われる慣用句のようです。
要するに政府には政府の思惑、狙いがあっても大衆は必ずしもそれを信用もしないし、従わず独自の思惑、狙いで動こう、ということで、言い換えれば、物事の公式な見解には多くの場合、隠れた裏の側面があるとも言えるでしょう。

意図しなくても人間は自分の共感する立場を擁護的に語るものですしね。

だからこそ、リテラシーの基本ってそういうポジションによるところにあると思うんですが、原発問題に関しては意外なくらいその辺がいい加減に行われています。
イデオロギッシュな反原発運動家であればしょうが無いと思うのですが、それだけではなくネット上の有名人・かの池田の御大を初め、藤沢数希氏、北村隆司氏、山口巖氏などのアルファブロガーチックな方々も石炭や石油による火力発電所は、鉱山レベルから、放出されたばい煙などによる健康被害レベルまで多数の死者を出しているが、原発は比較にならないぐらい死者が少ない、というかなり××な言説を振り回しています。

IAEAの調査では、チェルノブイリ事故による直接の死者は4000人ということになっています。でも、これはあくまでも原子力の平和利用を「推進」する機関の発表です。

逆に、地元、ロシアやベラルーシの専門家による調査では、移転によるストレスが原因のものなどを含めてということですが、100万人近い、と言われています。
http://www.universalsubtitles.org/ja/videos/zzyKyq4iiV3r/

そもそも、周辺住民などのカルテが喪失しており、実態がきちんとつかめているのか、という問題も問われています。
http://blog.livedoor.jp/ikedakayoko/archives/51778278.html

事故の処理をした専門家もIAEAの数字に疑問をいだいているようです。
http://diamond.jp/articles/-/11970

チェルノブイリ以外でも、例えば米国で行われた調査では原発付近での子供の白血病による死亡率の上昇が示されています。(閉鎖された原発付近での死亡率の低下も原発による影響を示唆するものと言っていいでしょう)
http://www.salem-news.com/articles/may182009/kids_leukemia_5-18-09.php

アメリカやインドのウラン鉱山周辺でも健康被害が出ている実態があります。
http://blogs.yahoo.co.jp/jyajya368/18832602.html
http://www.geocities.jp/msakurakoji/004Localmaps/29jadugoda.htm
http://www.jca.apc.org/~hiroko/jadugoda/jadugoda-j.html

また、政策的に無視されてきたと考えるほかない原発ジプシーの健康被害問題などは完全に無視されています。

実際にはその2つのあいだのどこかに現実はあるんじゃないかというのが僕の考えです。

上に上げた4氏に限らず、原発擁護をする人はこの辺りのことも知った上で、原発は石炭・石油火力発電より安全と唱えているのか甚だ疑問です。
知らなかったとすればそれぞれの立場、知名度からするとあまりにも怠慢ですし、知った上でそれを無視しているのであればあまりに不誠実です。

特に、藤沢氏、北村氏、山口氏はビジネスセクターの人ですからまだしも、池田氏は仮にもマスメディアで録を食んでいた人物です。複数ソースをきちんと検証して検討する習慣が無いとすればそれは元ジャーナリストとしても、現職の研究者としても致命的な資質の欠如でしょう。

しかも、石炭・石油火力発電は多くの死者を出しているという前提それ自体にも疑問が呈されています。
http://www.digitalinfra.co.jp/20110401/ikeda.20110401.1.html

原子力発電や、放射線の基本も知らずに感情的に危機感を煽るきっこ女史や感情論的反原発原理主義者の方々にも困ったものですが、一方で、こういう公式発表だけをベースに原発安全論をぶつ主に経済・ビジネスセクターの方々にも等しく困ったものです。

原発は長年、日本の国策として推進されてきました。巨大な利権を生み、利害関係団体も多岐にわたります。そういうところが用意する公式発表は当然、原発に有利なようにバイアスがかかっています。
だいたい統計なんて数字の取り方でなんとでも言えるわけです。

例えば、原発に原因がある死者に、自分の畑を捨てての避難指示が出たことに悲観して自殺された人を含めるのか?病院から避難所に移ることを余儀なくされ健康を損ない亡くなった高齢者の方々を含めるのか、含めないのか?それによっても大分変わってきます。

また、上記のインド・ジャドゥゴダの例にみられるような奇形を抱えて生まれてきた人々を生きているからいいと考え、デジタルに死者と生者に分ける単純な構図で考えていいものなんでしょうか?

QOLを無視した上記3氏を代表とするビジネス・経済セクターの人々の言説はあまりにも非人間的です。

同じ経済・ビジネスセクターでも大西宏氏は、マーケティング畑出身ということもあるのか、人間の気持ちの部分も織り込んだ分析で非常に共感できる(あくまでも個人的にはですが)印象があります。
http://ohnishi.livedoor.biz/archives/51251532.html
http://ohnishi.livedoor.biz/archives/51252014.htm

一方、前述した3氏は、池田信夫はNHKのディレクター(記者?)出身で現在が大学教授、藤沢数希氏はトレーダーと、北村氏は大手商社出身の起業家になるのでしょうか・・・。いずれも、個人的な努力は別にして大衆社会、現実社会との接点が微妙に少ないように思います。彼らの意見が理論優先、ビジネス優先になるのはそのへんに理由があるのかなとも思いますが。

余談ですが特に池田氏は日常のエントリでも「〇〇の理論では」とか「〇〇によると」という理論優先、権威主義的なところが見られるので、もともと現実よりも理屈を優先したがるタイプなのでしょう。

勿論、例えば池田氏の主張も東電の発電・送電分離構想などさすがと思わせる発言も少なからずあります。(今でこそ、いろんな人が言っていますが、池田氏は震災直後からたしかこれを主張していたフォーランナーの少なくとも1人です)

だからこそ、マイナス要因も含めて論じていただきたいと思うのですが、原発擁護派は原発のマイナス情報は可能なかぎり触れずに論じるし、原発反対派はいますぐすべての原発を停止すると今の社会が維持できないということや、現在の技術では再生可能エネルギー単独では直ちにその代替をすることはできないという現実を無視します。

そういう意味では、ベターな解決も両者の意見の中間にあるんじゃないかと思います。

つまり、一定の時間をかけて(個人的には10年からMAX30年位のスパンで)、脱原発し、それを短期的には天然ガスコジェネレーション、コンバインド発電で置き換えながら、徐々に各種再生可能エネルギーを技術の向上に合わせて割合も高めていく、というのが一番じゃないかと思うんですがね(まあ、池田氏なんかはそれに近いことも言っているのですが、一方でガリガリに原発擁護もするのでこの人はちょっと混乱しているんじゃないかと思うほどです)

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