家事ハラとそうでないものの狭間にあるもの

セクハラ、モラハラ、パワハラ、アルハラ、マタハラ、ブタバラ。
あ、最期のは僕のお腹でした。

いやまあ、それはともかく、いろいろはハラ=ハラスメントがあるものですが、最近新しいのは「家事ハラ」でしょうか。ええ、あたらしすぎて最初の変換でGoogle日本語入力は「梶原」と変換しました。どう突っ込むか悩みましたが、とりあえず「キングコングか!」

いろいろなハラが発明されていく中で、この家事ハラ、個人的にははたと手を打ったものでありました。まあ、ちょっと附帯条件付きですが・・・。

オイラの個人的な家庭事情をあまり詳しく話すつもりもないのですが、まあ、いろいろあって家事のかなりの部分をオイラが負担しているのに、文句ばかり言われるという、擬似昭和のおふくろさん状態にあるというのを一つの前提条件として掲げておきます。(なぜ「擬似」なのかというと、教育や洗濯はなんだかんだ言って奥さんが主に担当しているからです。特に教育に関しては、担当しているというか趣味を子どもに押し付けていないか?という疑問があることも事実ですが)

で、一方で発言力のある女性からはこんなエントリやこんなエントリも在り、内容的にはこれはこれで諸手を挙げて賛成だったりする心苦しさもある、まあ現代の家庭的男性にありがちなアンビバレントな状況だったりするわけですが・・・。

ちなみに、オイラの立ち位置をグダグダに明示しておくと、イクメンとか、ちょっとオシャレな服を来て、コジャレたストローラーを押せばいいのか!お前、おむつ替えてみろ!子ども寝かしつけてみろ!奥さんが数日不在でも何もなかったようにサヴァイヴしてみろ!オルァ!とかいろいろ武闘的な発言をしてしまったりするわけですが、基本スタンスとして、家事、育児を「手伝う」ものと思っている男性諸君は一昨日来てくださいというものです。
今、この瞬間、奥さんがいなくなってもある程度子育てはきちんと出来る、そう言う自信のある奴だけついてこい(誰もついてこないね)というのがすごくざっくりしたスタンスです。

で、ここで上記2女性とは一線を画して、家事ハラれる男性として言わせていただくと・・・家事ハラとダメ出しの差は、基本的に他人の家事に自分の趣味を入れるか入れないかだと思うんですよね。

我が家で言えば、オイラの実家では洗濯物干しハンガーにずらっと洗濯物を並べる方だったのですが、うちの奥さんは乾きやすくするために一つ飛ばしに掛けるうちだったようで、洗濯を頼まれてやったら、一つ飛ばしにしろ!と怒られたわけです。

いやしかし、そのあたりの判断は転向にもよるだろうし、部屋干しにするか、外干しにするか、季節要因もあるし、洗濯物の量もあるし多変量の中で決定していく要因なわけで、人のジーパンを部屋干しの臭臭な感じに干し上げたり、洗濯物を数日分ためこんで、隙間なく干さないとハンガーが足りなくなる人に言われたくないよっていうところもあるだろうっていうのが、趣味とそうじゃない部分の差だと思うんですね。

別な例で言えば、よく使う調味料を台所の調味料入れに置いておくのを、台所をお湯をわかす以外に殆ど使わない人に、外に余計なものを出しておくなと言われたり、生ゴミ入れとして取っておいたパンの空き袋やその他もろもろの袋類を見栄えが悪いからと一気に捨てられたりすると、日常、台所にのたくっている身としては、よそ者がオイラの城に口を出すな的気分になるわけです。

ってのが梶原なんじゃね?って思うわけですが、我が家の特異性は措くとして、書けば書くほど、昭和のおやじの言説のほうがやっぱり家事ハラじゃね?って気分になってきて鬱だ氏のう。

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親にとって子どもは等しく大事なものじゃないかな

新入生の担当の高校教師が、高校生の子どもの入学式に出席するために自分が担任を務める高校の入学式を欠席したことが何かと話題になっています。

たしかに、職業意識を重視して、担任を務めるクラスの入学式に出席するのも一つの姿勢して尊敬できるものだとは思います。それを否定する気は毛頭ありません。

オイラが批判したいのは、教師は子どもの入学式よりも仕事先の入学式を優先して当然という連中の言い草です。

まあ、今回は一件はそもそも高校生になって入学式に出るかという次元の問題もあるのですが、それはどちらも同じこと。

ただ、育児・教育ジャーナリストのおおたとしまさ氏も推測しているようにもしかしたら、この教師側には何か事情があるのかもしれませんけれどね。


いずれにせよ、今回の問題はどちらが正しいというものではなく、制度上禁止されている好意でもないし、当該高校の校長も休暇を許可しているわけで、周囲としてはそれを尊重するべきじゃないかと思います。

常々、言っていますが、成熟した社会、暮らしやすい社会というのは個人の選択の幅が広く、それが尊重される社会だと思いますから。

そういう意味では今回一番下劣なのは、この件を騒ぎ立てた埼玉県魏、江野幸一氏ですね。

彼は高校教師は自分の子供の入学式よりも職務を優先しろというわけですから、ご自身はぜひ、親兄弟子どもの葬式であろうとも、それより議会を優先されるのでしょうね。素晴らしい職業意識です。

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ある男おばさんの見た小保方会見

昨日の小保方春子女史の会見にはのけぞりました。

NHKが1時間半近くも中継映像を垂れ流し続けたことや、これは未確認ですが号外を出した新聞もあった(幸福の科学の新聞という話も。ならしかたがないかwww)ということのトホホ感もさることながら、のけぞった一番の理由はこの2時間半の会見で、実のある話が何も出ていないということです。

会見自体は2時間以上に渡ったらしいですが内容は突き詰めれば
・未熟で不手際があった
・STAP細胞は実在する
というこの2点に集約されるでしょう。

さらに、後者に関してはなんら具体的、客観的な証拠が提示されることもなく、小保方氏の一方的な主張のみという有り様。

逆に言えば、会見がここまで長引いたのも、NHKの中継がズルズル伸びたのも「なにか出てくるんじゃないのか?何か証拠が出てきてほしい」という日本人としての期待があったのかもしれません。

それはそれとして、男おばさん視点で昨日の会見を見ると、妙にきっちりしたメイクやファッション。(こちらは素なのかもしれませんが)たどたどしい舌っ足らずなしゃべり方や、アニメ声にちかい高い声など、女性を売り物にしている嫌らしさをひしひしと感じて、ちょっとイヤ汁((C)酒井順子)滴り落ちルのが見えるような気がしました。

会見では小保方氏は200回以上、STAP細胞の作成に成功しているということでした。
であれば、彼女のなすべきことは第三者を交えた環境で、STAP細胞の作成を実証してみることでしょう。

最低でも、まだあるというノートか何か第三者が検証可能な客観的なデータや科学的根拠を提示しなければ会見を開いた意味がありません。

それを小保方氏は親父ころがし的なオンナを売る手法で乗り切ろうとした、それが昨日の会見を見た僕の印象です。

今日職場などで驚いたのは、オジサン世代の方を中心に「小保方さん可愛そう」的な意見が多かったことです。
一方、女性には彼女の胡散臭さを指摘する声が目立った印象でした。

もちろん、弁護士などがついてある種のメディア戦略をたてた上での会見だったのでしょう。だからこそのメイクやファッション、純白のハンカチだったのでしょう。

とは言え、言葉だけで押し切ろうという彼女の姿勢には疑問を感じざるを得ません。

さらに、エディーは大学での専門は理系なのですが、研究者になるほどの能力も根性もなく、ぜんぜん違う方向性の仕事をしています、その程度の理系崩れでも、写真の修正、取り違えなどの今回の「ミス」とされること、特に写真の修正などは科学というものに対する姿勢が根本から問われる行為です。

彼女が仮にも科学の世界に身を捧げる覚悟であるのなら、絶対にやってはいけない、「未熟」などという言葉では言い訳の出来ないミスであります。

いち日本人としては、医療や生物研究に新しい可能性を開くであろうSTAP細胞が実在していることを願いますが、同時にあの会見を見るとどうもそれもかなわぬ願いかなという実感がジワジワと沸き上がってくるわけです。

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産経さん、相変わらず右巻きですか

産経新聞の関西の人気コラム(らしいですね)「浪速風」3月14日分です
NHKさん何か意図がおありですか  ▼東日本大震災の3カ月後に訪ねた被災地の小学校に「自衛隊のみなさん ありがとう」の貼り紙があった。半壊して住人のいない家にも。救助に、遺体収容に、復旧作業に、身を粉にした自衛隊員への感謝をいたるところで見た。が、昨年のNHKの連続テレビ小説「あまちゃん」に自衛隊は登場しなかった。
 ▼後番組の「ごちそうさん」では、戦時中の防空演習で「とにかく逃げろ」と叫んだ主人公の夫が逮捕されるシーンがあった。朝日は空襲時の消火義務などを定めた防空法が「『命』より『国家』を優先」して多くの犠牲者を出したとする。毎日のコラムは「反戦という明確なメッセージ」に「エールを送りたい」と書いた。
 ▼本来、非難されるべきは市街地を無差別に空襲した米軍ではないのか。どんな意図があるのか、NHKの説明を聞きたい。ドラマだから、いや人気ドラマだからこそ影響が大きい。籾井(もみい)勝人会長や経営委員の言動以上に公共放送の姿勢が問われる。
相変わらず、産経はレベルが低いなぁと思うのですが、それにしてもこれはひどい。 こう言っちゃなんだが、読売や毎日、朝日に入れなかった人が行くんじゃないかと感じることがしばしばある。全ての記事の質が低いとは思わないが、時折驚くほど低レベルの記事にぶち当たる。これもその1つだ。
一つ一つ粘着質に潰していこう。
まず、あまちゃんと自衛隊の話題。
このコラムの著者は果たしてあまちゃんをちゃんと見たのだろうか?あまちゃんには自衛隊どころか復興の風景自体がほとんど登場しない。いや、復興どころか被害の風景すらミニマルだ。
はたして、まだまだ震災や津波にトラウマの多い放送当時(というかおそらく今でもそうだろう)、震災をどう描くのか?というのはドラマの開始当初から話題になっていた。
なにせ、「あまちゃん」は震災復興応援ドラマだったわけだから。
で、結局、クドカン、そしてNHKの演出陣はなかなかの奇策でそれに応じてきた。
自身が発生した時、ユイは南三陸鉄道に乗っている。トンネルの中で列車は急停止。 様子を見るために、大吉が列車を降りてトンネルの外に向かう。ユイはそれを追う。トンネルの外の風景を見た大吉がユイに叫ぶ「来るな!」しかしユイは外の風景を見てしまう。目を見開くユイの表情のアップ。 そして自身で寸断された線路などの断片的なインサート。
以上だ。細かく言えば、副次的にアキがGMTの練習場にいるときに自身が発生して揺れるというようなところもあるが、東北での地震のときの描写はほぼ上記だけ。 津波に至っては実際の描写は確かほぼゼロであった。
そして次の回からはかなり時間が飛んで再開される。
つまり、実際の震災の風景、特に津波に関してはほぼ皆無。復興の風景もほとんど出てこなかったはずだ。自衛隊は意図的に排除されたわけではなく、被災者の気持ちに配慮して震災を具体的に連想させるシーンはミニマルに抑えられていたのだ。 しかし、視聴者それぞれの心のなかにある震災の風景を呼び起こすことで、震災を描き切ったわけでそれは放送時にもかなり話題になったはずだ。
著者は何を観ていたのだろうか?
「ごちそうさん」の防空法に関する部分もピントがずれている。東京を始め、各地の都市を爆撃した米軍の行為が批判さるべきかどうかは議論の分かれるところかもしれない。ただ、それはそれとして、ここで「許すまじ!米軍!」とやることがドラマの文脈からするとどれだけ的外れかこの著者には理解できないのだろうか?
そもそも、悠太郎が逮捕されたのは訓練の際に、消火に専心するより逃げろということを言ったことが原因だ。そしてこれは防空法が、市民の命を守るであろう避難よりも、消火を優先していた当時の世情を表しているわけで、ここで米軍云々を言い出すのは、もう壊滅的に読解力というか論理的な思考力というか、もう人間としての全てが欠けているとしか言いようがない。
防空法を嚆矢として、このドラマでは国民の命よりも国体を優先した戦前の為政者の欺瞞を描いているわけだ。それとも著者は戦前のあり方のほうが良かったというのであろうか?
さらに言えば、日本を取り巻く状況で言えば、最初に戦略爆撃を行い、市街地を爆撃で焼き払ったのは重慶での日本だ。1938年から5年足らずで200回以上の絨毯爆撃を行い1万人以上の民間人犠牲者を出している。 確かに、アメリカの空襲による被害規模よりは小さい。しかも5年足らずという長期間での被害者だ。しかし、民間人を爆撃したという事実は否定出来ないし、まあ言い訳ではあろうが、アメリカは日本への空襲や原爆の投下の根拠としてこの重慶爆撃を理由にすることもある。
その辺りを知った上での上記の文章なのだろうか?文章を読む限りそうだとは到底思えない。この程度のことも知らない人間が新聞記者として「人気コラム」とらやを執筆している産経新聞の内情はお寒い限りだと嘆かざるをえない。
まあ、こんなザコのようなブログで批判されても痛くも痒くもないのだろうが、公の場でモノを言うのなら、しかも一応、「公器」の名を借りて行うのなら、もうすこし物を知っておくべきだろう。
はっきり言うが、バカと無知はモノを言うべきじゃない。まあ、言論の自由があるから言うのは勝手だが、このネット時代、最低限の勉強もしないでモノを言ったら反動があることを理解すべきだ。
しかも、個人の与太ブログじゃない。金をもらって仕事としてかいているのだ。もう少しクオリティーを追求しないと読者にもうし分けが立たないのではないか?

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伝わらないのは主張ベタ?

昨年の靖国参拝以来、日米関係が何かと軋んでいるように感じます。
結論から言えば、その根底には日本人特有の主張ベタというか言わなくてもわかってもらえるだろうという甘えがあるように思います。

もちろん、同盟というのは一時的な関係ですが、環太平洋エリアでの覇権を求めるアメリカと後背に中国を抱える日本もそうそう軽視できる関係ではないはずです。

そんな関係が軋む背後にはもちろん、経済的には結びつきの深い中国との完全な対立を明らかにできない、そして中国の脅威を日本と共有しないアメリカの優柔不断さもあるでしょうが、一方で日本に対するアメリカの不信感が増大しているということもあるのではないでしょうか?

安部首相の靖国参拝以外にもNHKの籾井会長や経営委員の百田氏の発言が色々と取り沙汰されています。
籾井氏の発言はまあ、無知で問題外ですし(きちんとした知識もなく、記者のちょっとしつこい質問につられて喋っちゃうあたりは彼にマスメディアのちょうが務まる資質があるとは到底思えませんが)、百田氏の発言もネット右翼あたりが大喜びしそうな内向きの発言です。
更に衛藤補佐官に至っては、もう国益を損なう売国奴と言って良いレベルですが、問題は安部首相がそれをきちんと否定しないことです。
彼らの任命に直接間接的に安倍氏が関わっていたことは明白ですし、その彼らの発言を否定しないということは逆に言えば黙認している、さらに言えば肯定していると捉えられても仕方がありません。

つまり安倍氏は「慰安婦なんてどこの国にもいて」(これは実際のところは僕も分かりませんが、強制連行云々はともかく、設立も含めての官製のそういうシステムはあまり知りません。ベトナムなどでの米軍のそれも米軍が設立したわけではありません。戦後日本でのそれも、米軍ではなく日本側が作ったものですしねwww)「東京裁判は東京大空襲は原爆投下などの大虐殺をごまかすための裁判」で「靖国参拝に対するアメリカの反応にはこちらのほうが失望した」といっているに等しいのです。

アメリカが仰天するのも当然でしょう。
以前の自民党なら、いずれもこの発言だけで更迭されてもおかしくない発言です。
果たして安倍さんは本当にそう思っているのでしょうか?(いや、あの人なら思ってそうですが・・・)そして何よりそれが安倍さんが発信したいメッセージなのでしょうか?(より重要なのはこちらです。本音はともかく、建前としてこれが発信したいメッセージなのか?それが問題です。今のままではそういうことに成ってしまいます。

確かに、太平洋戦争における日本が全て悪いとは思いませんし、東京大空襲や原爆投下は一般市民の虐殺としての側面はあるでしょう。私自身、仮に個人としてアメリカ人と議論になったらそう主張することもあると思います。

ただ、日本はポツダム宣言を受け入れ、戦後体制の中でアメリカと同盟を組んで70年近くやってきたわけです。

それを今更ひっくり返そうとしてもそれは潔くないと思われても仕方がありません。
何よりも、西側陣営の一員としてやっていく意志があるのか疑問視されて当然です。

安倍氏の靖国参拝も、A級戦犯かどうかはともかく、戦争の指導者層と、それ以外の兵卒から中級将官までとどちらに向けて、どういう思いで参拝したのか、そのあたりをきちんと示さないで参拝することは上記のような誤解を招いてもやむを得ない部分です。
何より、彼の今までの言動を考えれば、戦後体制に対する挑戦と思われてもしかたがないわけですから。

安倍さんの真意が奈辺にあるのかはわかりません。
でも、だからこそ、彼が太平洋戦争をどう総括した上で、千鳥ヶ淵ではなく靖国に参拝しなければいけなかったのかをきちんと説明しないといけないのです。
こういうとおそらく安倍シンパはもう説明していると仰るのでしょう。
でも、実はそのあたりは西欧的感覚ではきちんと説明されていないと思ったほうがいいでしょう。

言ってみれば、今の安倍さんの説明は非常にふわっとしていて曖昧な最近流行りの「ポエム」な説明なのです。説明のようで居て、実は肝心なことについては何も語っていない。

大事なのはこの場合、戦後体制をどう評価するのか?太平洋戦争をどう総括するのか?その辺りの旗幟を鮮明にした上で、靖国の戦没者に慰霊のために参拝したのだと言わないといけない。
でも肝心の前半の説明部分が決定的にかけています。

同様に感じるのが最近出てきた特攻隊の遺品を記憶遺産に申請するということについての説明不足です。

まあ、中国、韓国の反応はお決まりのポジショントークだから脇におくとして(苦笑)、BBCなどでもその意図がどのへんにあるのか?ということを放送していたりします。
私がたまたま見たのはある記者が申請をした元特攻隊員を取材して行く過程で、ようやく彼らの思いを理解するというものがありました。

その時の国家のために、自らの属する文化や民族、なにより身近な人々、家族のために敢えて我が身を犠牲にするという精神そのものはおそらく正しく伝われば一定の共感を得ることはあると思います。

欧米でも折に触れて特攻的な自己犠牲というのはあるものです。
アメリカマンセー全開の「インディペンデンス・デイ」でも飲んだくれのパイロットが敵の母艦のゲートが閉まるところに特攻して攻撃を継続させるというシーンがクライマックスの戦闘シーンで出てきます。

あそこにも如実に出ていると思うのですが、人間というのはこの手の自己犠牲に酔うものなのです。

ただ、問題は日本の特攻の場合はその場の情勢の中で個人が自由意志で発想し実行した自己犠牲ではなく、特攻隊という国家によって構造化された自爆攻撃システムの中で実行された行為だということです。

特攻隊の思いを後に伝える、ということ、ちなみに知覧特攻平和会館のHPには申請について
>これら資料は,戦争の悲惨さを世界の人々に語り継ぎ,「二度と戦争を起こ してはならない」ということを発信する,人類にとって極めて貴重な記憶遺産であると信じています。
という主旨が示されています。
これ自体がうまく伝わっていない部分があると思いますが、おそらく欧米の感覚では「戦争の悲惨さ」というような曖昧なふわっとした言い方ではなく、国家が大規模にシステマチックに自殺攻撃を敷いたという事自体を強調しないとなかなか納得出来ない部分だと思うのです。

一連の安倍氏関連の発言を「事実だからいい」とか「周りがなんというと関係ない」という人がいますが、意図が伝わらなければ意味が無いですし、日本が鎖国してやっていけるのでなければ周りは関係ないというのはあまりに浅慮で無責任な発言です。

おそらく、安倍氏も自分の靖国参拝がここまでいろいろな波紋をもたらすとは思っていなかったのでしょうが、実際問題として波紋をおこしてしまった以上、上記のような先の大戦の総括も含めて、自分の思うところ(もちろん建前の方)をきちんと表明して中韓以外の国との関係を正常化していくのが重要なのではないでしょうか?

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竹田恒泰氏に感じる違和感

オリンピックも無事終了し、ロシアはめでたくクリミア半島に専念されているようですが、まあそれはおいておいて・・・。

まあ、そもそもの違和感は先日、朝のバラエティーで出演した竹田恒泰氏の肩書が「明治天皇の玄孫、父はJOC会長」というところで、もう四十路前のいい大人なら親や曾祖父さんじゃなくて自分の才覚で肩書がモテてから能書き垂れろよというところが大前提としてあると思うのですが・・・。

竹田市の発言に感じる違和感の一番の部分は「国を背負っちゃっている」という言い方だと思います。
これって「お国のため」という価値観を押し付けつつ、じゃあ責任を取らないという、「国」という大きな物語を押し付けつつ、国民に対して責任を取らないという美味しいとこどりの、エスタブリッシュメントについて都合のいい理論じゃないでしょうか?

それに二言目には「国費ウンウン」を言い出す竹田氏ですが、国費と言ってもマイナー競技の大半の選手はアルバイトなどをしながらやっと遠征費を稼いでいる現状もあるわけで、国費なんちゃらを大言壮語するならせめてオリンピック代表に選考されたら食うこととを気にせず、練習に専念できるくらいの環境を整えてから偉そうなことを言えよっていう感じです。

竹田氏も上記番組の出演中に「渡航費とか・・・」と言っていましたが、逆に言えば渡航費とプラスアルファ程度しか出していないわけで、それで四の五の言うなっていう感じです。
大体、彼のお父君もおそらくソチに赴いたのでしょうが、まさか選手がエコノミーでJOCスタッフがビジネスなんていうことは無いですよね(苦笑)

さらに言えば、一番感じる違和感は、期待されたような成績が残せなくて一番悔しいのはまさに選手自身なわけで、「楽しい」という言葉に託された真の思いがあるんじゃないの?と思いますが、そのあたりの機微も読めなくてこんなことを言い出してなんだろうねという思いもあります(まあ、この辺はマスコミ一般もそうですが)

で、何かあると竹田氏は「これは開幕前の発言」を繰り返すわけで、おそらくバンクーバ五輪での国母選手の発言あたりを念頭にした発言なんでしょうが、若手中心の新しい競技。しかもファッションも含めてかなり新しい競技の選手の言動に多少の不遜さがあってもしょうがないんじゃないのと思いますし、彼のコーチとしての貢献が今回、若手のボーダーのメダル取りに貢献しているところがあるんじゃないかという話もまことしやかに語られているわけで、竹田氏の発言はこれまでの彼のトンデモ発言を含めて言えば言うほど、天皇制の評価ポイントは血筋にあるのではなく、結果として人柄の良い人間を選んでいるところにあるんだなと思わざるをえないマヌケっぷりを露呈する売国行動だと言わざるをえない今日このごろであったりします。


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剛力彩芽、コメディエンヌとして開花?

剛力彩芽は基本、真面目な人なんだと思う。

だから、ビブリア古書堂とか、クロコーチみたいな役も来るんだと思うのですが、今クールの「私の嫌いな探偵」を見ると、彼女の才能の本文は実はコメディーにあるんじゃないかと感じま

真面目とコメディー、似つかわしくないと思う人も多いかもしれませんが、コメディアンの多くはまじめな人なんだと思いますよ。単に、笑い、コメディーに真面目、誠実なだけで。
高くるしいことが真面目なわけじゃないです。

閑話休題・・・。

クロコーチも悪くなかったですが、「私の嫌いな探偵」での剛力彩芽は活き活きとしています。玉木宏も活き活きしています。
心なしか元仮面ライダーウィザードの白石隼也もウィザードの時よりのびのびしています。

恐妻家の刑事役、渡辺いっけいも名脇役としての面目躍如という感じでサイドを固めています。
安田美沙子は・・・存在感薄いです(笑)

原作モノなのですが、原作は知りません。
ただ、おそらくテレビ向けにかなり演出は変わっていると思います。

剛力彩芽演じるヒロインは大学のミステリー研のメンバーに変わっています。
そしてここがおそらくTV版ならではの演出なのですが、それも含めて徹底して2時間サスペンスドラマをリスペクト?揶揄?する演出に徹しています。

ミステリー研の部室には、サスペンスの帝王?の船越英一郎等身大パネル。
何かといえば「ここでCM行く?」と、いいところで引っ張りつつCMに行く演出をリスペクト(揶揄)。
さらに「解決は崖の上で・・・」とか言うかと思えば一方で、犯人が事情の告白をしようとすると玉木宏が「僕、そう言うの聞かない派なんで」とバッサリ切り捨てたり(ってかそういう派閥があるのかwww)

もう前編まじめにおふざけ炸裂です。

剛力彩芽も色々と物議をかましたプロペラダンスを嬉々として披露したり、もう前編パスティーシュのオンパレード。

これは好き嫌いはわかれると思うのですが、世間では同じゴリ推し系的批判をされる武井咲の「戦力外捜査官」が録画はしているけど、徐々に観るのが面倒になってくるのに対して、こちらは毎回「ここまでやる!」というバカバカしさあふれる演出が楽しみになってくる個人的には好循環。

ドラマがいい加減色々出尽くした感のある今、こういうパロディーベースの演出もありかなと思わせます。

多分、視聴率にはつながらないだろうなと思いつつ、今クールのドラマの中では敢闘賞を送りたい、大道から一歩も二歩も外れた非主流派の名作?迷作?です。

PS 美人なんだか美人じゃないんだか迷う剛力彩芽のルックスを、鳥系の例えで徹底的にツッコミ倒す演出も秀逸です。
それを嬉々として受け流している(ように見える)剛力彩芽に個人的には好感度ストップ高です。

いやもう、ダンスも上手い、笑いも取れる(まだ自分一人の力ではありませんが)、度胸もある。ついて行きますよ、剛力さん!

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なにげに良ドラマ

「明日、ママがいない」が善かれ悪しかれ話題になる裏で、「僕のいた時間」はあまり視聴率は稼いでいませんが、なかなかいい作品です。

主人公が不治の病である難病のALSになるという、そこだけ聞けばまあありがちな難病者なんですが、細かい作りこみの部分がきちんとしているので、思いのほか、感情移入できて楽しんでいます。

「明日ママ」は関係者への取材不足が炎上要因でしたが、こちらは協力・日本ALS協会、医療協力・東京都立神経病院、医療監修・同病院長の林秀明氏と抑えるところを抑え、それだけではなく、おそらくなのですがALSが原因で力仕事が出来る同僚になじられたり、診断を受けた後呼吸器をつけている患者を見て衝撃を受けたり、車いすサッカーでハイタッチの代わりに車いす同士をぶつけあったり、そんなディテールのかなりの部分がおそらく患者さんの経験なんじゃないかなという手作りのきめ細かさを感じました。

もしかしたら、ALSの患者とその恋人にも取材をして、彼らの葛藤なんかも掘り下げたのかもしれませんね。

今、ドラマ上では主人公の拓人は将来のないALS患者になったことで悩んだ末に、恋人の恵みとの別れを決意し、恵は拓人の大学の先輩でもある繁之と付き合い始め、婚約も目前という感じのところです。
そこで、車椅子バスケットの会場で拓人と再会してしまい・・・というのが先週のラスト。

果たして恵は繁之と別れて、拓人のもとに走るのか、それとも繁之など周囲の人が全員で拓人を支えていく形になるのか・・・展開が読めません。
いずれにせよ、奇跡が起こって拓人が生き残るという展開はありえない以上、完全なハッピーエンドは無いわけで、そんな中で拓人の下含めてどれだけ納得できる形で終われるのかでこのドラマの評価は決まるように思います。

さらにおまけ的には、嫌味で空気が読めない弟として出てきた陸人が先週の話だと、どうもアスペルガー症候群ではないかという感じになってきました。
これまでは単に世間知らずで傲慢という描き方で、それがためにせっかく入った医大もドロップアウトしかかっているという感じだったのですが、もしかしたら拓人が死ぬ前に弟への置き土産として、そこを何とかして行ったりするのかななんて展開があるのかもしれません。

一方、「明日ママ」は決して悪いドラマとは言いませんが、子供が妙に達者で達観している部分も含めて、リアリティーの点では一歩譲る部分と、だからこそのテーマのあざとさが浮き立っちゃうところがあるように思います。
さらにこのドラマの有り様として、ハッピーエンドにならざるをえない気もします。
となると展開もある程度限られて、最初はパンチの有る味で始まったコース料理が実は単調な展開になるという感じで尻すぼみになっていくのかもしれません。

いずれにせよ、この後、「僕のいた時間」のほうがよっぽど大きなチョンボをしない限り、後々はこちらのほうが高評価なドラマになるのは間違いなさそうです。

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歴史認識の問題じゃないと思うんだけどな

NHKの新会長、籾井勝人氏が早速やらかしてくれた件。

世間では、当然とか言うべきを言っただけとか言う肯定がある一方で、批判派の中にも実は籾井氏はなにげに強制連行を認めているじゃねという意見があったりと誰が味方で誰が敵かわからない状態でありますが・・・。

それはそれとして少なくとも籾井氏とオイラは歴史認識は共有できそうにないな・・・ということは措きましょう。
実は歴史認識はどうでもいいことだと思うんですよ。

問題なのはwikiのまとめから引っ張ると・・・

>特定秘密保護法に関する質問について報道が少ない・姿勢が政府寄り、との指摘には「(国会で)通ったこと。あまりカッカする必要はない」。
>竹島問題・尖閣諸島問題の質問ついて「日本の立場を国際放送で明確に発信していく、国際放送とはそういうもの。政府が『右』と言っているのに我々が『左』と言うわけにはいかない」。
>放送内容の質問については「日本政府と懸け離れたものであってはならない」。
という歴史認識とは直接関係ないところにあると思うんですよ。

この3項目ってまとめると、NHKは政府の方針により添えってことですよね。
で、ここはそうであるとした上で・・・。

NHKが政府の方針に寄り添うのが本当にいいのか?問題はそこです。

NHKは国営放送ではありません。公共放送です。
この違いは政府の側に立つか、国民の側に立つかの差だと思っています。さらに噛み砕けば、政府の方針に寄り添うか寄り添わないかということです。

国営放送といえば、わかりやすいところで言えば中国中央電視台や朝鮮中央テレビと言い切って過言ではないでしょう。

この2つのチャンネルの報道を見た時にあなたはどう思いますか?
放送内容が例えば、歴史上の意見の分かれる問題、それも中国や北朝鮮のカラム問題についてだったら。

放送内容は中国や北朝鮮の都合のいいものと思いますよね?

一方、公共放送の雄、英国BBCの場合はどうでしょう?
結果として英国にとって都合のいい内容だったとしても、上記2つの国営放送よりは信頼できると感じるのではありませんか?
それはBBCが第二次世界大戦中もその報道でイギリス軍を「我が軍」と報道しなかったことと無関係ではないでしょう。(まあ、BBCも不祥事は不祥事でありますし、政府との距離のとり方には苦労している部分も見受けられますが)

NHKも同じです。政府に寄り添った「国営放送」だと思われたら、放送内容が事実だとしても日本に都合のいい内容だと思われてしまうのです。
逆にBBC同様、政府批判をすべき時はする、そう言う放送局だと海外の人にも思ってもらうことができれば、その報道内容に信頼を持ってもらえるわけで、引いては日本の国益に適うのです。

今回の籾井会長の発言の一番の問題はNHKののそういう信頼を残ったことで、これはひいては将来の国益を損なう可能性も無視できません。

こういう言い方をするとアレですが、じゃあ、今回の籾井氏の発言を良しとする層にお伺いしたいのですが、仮にNHKが政府方針に寄り添うべきだとするなら、民主政権中に民主バンザイな報道をしたらどうでしょう?
政府に寄り添うというのはそういうことです。

そう考えると、じつは歴史認識なんてどうでもいい問題だと思いませんか?

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言葉の力

ありがとう、ごちそうさま、ごめんなさい。
最後の1つはちょっとトーンが違いますが、この3つの言葉って人間関係の潤滑剤です。

ありがとうって言われて悪い気がする人はいないだろうし(ごく稀にそうじゃない状況もあるでしょうが)、ごちそうさまはプロも含めて料理をつくった人にとっては何よりの報酬だと思います。
ごめんなさい、もこの一言が人間関係を救うことは多々あるはずです。

言葉の力って侮れません。日本語には「言霊」っていう言葉があるくらいですからね。

言葉は斯様に力強く、そして何より使用料はタダです。
どこも登録商標にしていないし、使用料を徴収する著作権団体(苦笑)もいません。

多分、使うにあたってのコストは1キロカロリーにも満たないエネルギーと、時には無駄なプライドを捨てる勇気が少々。

言われた側はそれなりにいい気分になるだろうし、言った側も損をするわけでもない、いわば正のスパイラルを生み出す手法の一つだと思うんですよね。

実際、ジョブズクラスの能力や才能があるのではない平凡なオイラのような人間には人生の荒波を乗り切る上で一番心強い武器・防具の一つであるように思います。

ちょっと前になりますが、そんな「ごちそうさま」を巡ってネットの一部で論議があったようです。

きっかけは

言い方は悪いが所得の低そうな人ほど、牛丼チェーン店で店員に「ごちそうさま」と言う(本来不必要なレベルの)礼儀正しさを備えているように思えるのは興味深い
というツイート。

確かに、上から目線(「興味深い」の部分)だし、根拠もなく人を「所得が低そう」と決めつけることも誤解を招きそうではあります。

で、その後色々炎上したようです。
これまで全くそんな印象はなかったし、僕自身も政府統計では低所得ではないけど、牛丼チェーンも含めて食事をしたらお店を出るときには「ごちそうさま」ッて言うようにしているし、子どもにもそうしつけている。(ちなみに、コンビニなどの販売店系だとここが「ありがとうございます」になります)

むしろ、ごちそうさまとありがとうがきちんと言える人は親がきちんと躾をしたんだなっていい印象を持つので、こう感じる人はどんな人なんだろうなと思ったんですが・・・。
はてな周辺でそこそこ有名な方みたいですね。

発言した方のオリジナルのツイートやブログは削除されたり閲覧不可能になっているので詳しい経緯はわからないところもありますが、まとめサイトなどを見るとご本人は・・・

僕が知る限りこの国はごちそうさまを言わないことで合理性のある処罰を受けるシステムはなかったはず
そのうち「ごちそうさまを言わないなら死ね」くらいは言われそうだな

などと反応を示されていたようです。

まあ、悪意で言ったわけではないでしょうし、ご本人もいろいろ不本意なところがあったのだろうと思うのですが、彼が(でいいんですよね?)最初に「ごめんなさい」と言っていれば多分ここまで炎上しなかったんじゃないかなどと思いつつ・・・。

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